2019.12.27救済クレソン②

試験的に始めた 救済クレソン 。

実際にはクレソンの他にレタス2種を育てました。

 

葉物を扱うのは初めてなので、

育て方や収穫のタイミング、梱包方法、販売先、市場の需要など、

何から何まで本当に最初から手探り状態。

 

その中で、

私たちの思いに賛同してくれた方々には本当に感謝しています。

 

「雪国でこの栽培方法は初めて」ということでしたが

このパネルでの水耕栽培方法を細かく伝授してくれた開発者さん。

 

「とても意義のある活動です!こちらで売ります!」と、

トマトに引き続き今回もたくさんたくさん扱ってくれた

オーガニック野菜を扱う卸業の「坂の途中」さん。

 

webショップで購入してくれた方々。

同梱するリーフレットがトマト用の物しかなかったけれど

「食卓を笑顔に」という思いはクレソンも同じです。

 

いつもゲリラ的な行商にも関わらず声をかけてくれた方々、

機転を利かせてコーヒーをのんびりと呑んでいるお客さんにも声をかけてくれた

壱之町珈琲店さん。

 

ありがとうございます。

 

振り返ると、課題がたくさん見つかりました。

でも今回は暗中模索の状態から基礎を作ることが目的だったので

その意味では目標達成かな、というところです。

 

明らかになった課題は、

計算よりも一株あたりのクレソンの収穫量が少なかった、ということ。

太いクレソンの影に隠れて収穫できないほっそーいクレソンがヒョロヒョロ。

 

レタスも大きく育たずギュギュっと小さくてミニミニレタスにしかならず。

 

大きく育ったクレソン↓

 

小さいクレソン↓

 

小さいレタス↓

 

原因を考えると・・・水が冷たすぎる

 

開発業者さんによるとクレソンが大きく育つ水温は12℃くらい。

しかし、

私たちがクレソンとレタスの苗を植えた10月始めで、

プールへの入水口の水温が10℃。

それから日が経つにつれてどんどん水温が下がり、冷たい時には3℃

最後の方は早朝クレソンやレタスがシャリシャリに凍っていました。

 

来年は1ヶ月早く始めることにしよう、ということになりました。

 

この活動の中で新たな出会いもあり。

ある日突然の問合せ電話。

お相手はマニアックな野菜を扱う卸業者さんから。

内容は昨年栽培したビーツをwebで見たらしく、

ミニミニビーツは作っていないか、それを数日後までに送れないか。

ということだった。

ビーツについてはお断りをしたけれど(作っているけれどタイミング合わず)

「ところで他は何か作っていますか?」と聞かれ、

「夏はトマトで今はクレソンとレタスです」とお答えしたところ、

そのクレソンにぐいぐいと関心をもってくれました。

どうやら、

私たちが「ヒョロヒョロだなぁ〜」と思っていた

短くて細〜いクレソンをキレイに調整して主にホテルなどに卸しているらしく、

この卸し業者さんに来春に試しに送ることに。

その方から飲食業界(主にホテル内のレストラン)の「今」の売れ筋や、

それも常に変化していくことを教わりました。

 

取り入れたこの水耕栽培の方法で良いところは、

その常に変化する売れ筋に合わせて育てる種類を変えることが出来る、ということ。

クレソンの他にもここの土地の気候に合う物があるかもしれない。

 

トマトを軸として、「今」の売れ筋に合わせた野菜を栽培販売する。

このやり方をやってみようかと思います。

 

そして今回、

クレソンの袋詰め作業などを土地の持ち主であるおばあちゃんに手伝ってもらいました。

単純作業なので、ラジオを聴きながら雑談をしながら。

昔からこの土地では数人のグループを作り、

キノコや山菜を採って袋詰めをして販売していたそう。

それがなんだか楽しかったのよ、と素敵な笑顔で話してくれました。

 

 

元気な一人暮らしのおばあちゃんが多いこの土地。

(なぜかおばあちゃんばかり)

そのおばあちゃんたちに作業を手伝ってもらい、

ピンピンコロリで生涯元気でいられる集落を目指そうかな、と思います。

2019.11.21救済クレソン

今秋からクレソン栽培を始めました。

 

この飛騨の山奥に移住してから悶々と考えていたこと。

「田舎暮らし」という言葉から醸し出すゆったりとした雰囲気の影に、

地域としての現実的な問題がたくさんあり、それに対して個人として何かできないかなぁ、と。

 

 

その一つが耕作放棄地。

平成23年度の調べで飛騨市の耕地面積1,454haのうち約12%の178.4haが耕作放棄地になっている。

計算すると東京ドーム約38個分が放棄されていることになる。

このうち、

「①森林・原野化し、農地に復元して利用することが不可能な土地 農林」

とされているのがなんと東京ドーム約37個分!

農地だった土地が森林や原野化するなんて、かなりの年月が経っているんだろう。

これは流石に個人では力が及ばない。

次に「②基盤整備を実施して農業利用すべき土地」とされているのが

東京ドーム約3分の1(観客席くらいかなー)。

基盤整備が必要なんて、これもハードルが高い。

そして「③直ちに耕作することが可能な土地」とされているのが0.8haで、

小中学校のグラウンドくらい。。。かな。

これなら私たちでも何かできそう。

 

実際に私たちの近隣でも持ち主が困っている農地がある。

元々は稲作をしていた田んぼで今は休耕田。

山がすぐ近くなのでイノシシ被害が酷くて稲作は諦めたが、

高齢のため草刈りなどの管理も難しくなってきた。

 

このような土地を再び田や畑に戻して作物を栽培しよう!というのは、

言うのは簡単だけど実行するのは難しい。

耕作放棄地になったのには時代の流れにより個人ではどうしようもない理由がある。

でもこのままでは

→今はまだ③の土地でも①にような森林になってしまう。

→するとそこにもイノシシなどの動物が住むようになる。

→どんどん里に動物が進入してくるようになる。

→動物被害で作物を栽培するのが難しくなり放棄地になる。

→「やっぱり田舎よりも街で作物を買う生活にしよう」と人口減少。

 

小さい集落での人口減少は、残っている住民の負担が大きくなる。

個人として生きているようで、実際は共同体として集落を管理する事柄がとても多い。

他人の土地だけど、耕作放棄地が増えるのは身に迫ってくる問題なのだ。

 

この問題を時代を逆行するだけの方法ではなく、

何か新しい形でこの問題を改善する方向に変えていけないか。

 

色々と探して模索して見つけた方法がこれ。

休耕田で水耕栽培

パイプで枠を作り、ブルーシートでプールを作る。

水を流し入れる口と出す口を作り、水が絶えず巡るようにする。

開発者が特許を取った穴の開いた特殊なパネルに苗をはめ込み、

水を張ったプールにそのパネルを浮かべる。

 

この方法の利点。

排水設備が整った休耕田を利用できる。

土地の面積に応じてプールの大きさを変えられる。

通常の水耕栽培に比べて設備投資が格段に安い。

栽培期間中、農薬を使用しなくても育つ。

パネルが水に密着しているため台風などの風にも煽られない。

私たちのトマトの収穫時期に重ならないため両立できる。

 

このパネルの開発者に連絡と相談をし、

試しにクレソンとレタスを栽培することになりました。

 

このクレソン。。。栄養価がすごい!知らなかった!

ただのステーキの添え物だけじゃない。

いや、ステーキの添え物にするにも意味があった!

→「クレソンの栄養価

美容に健康に!男性はもちろん女性はモリモリと食べるべき!

 

クレソンと共に育てるのは赤っぽいサニーレタスと緑がきれいなリーフレタス。

モリモリ食べたいレタスも無農薬で育てられるのが嬉しい。

 

最初はヒョロヒョロだったクレソンの苗と小さなレタスの苗。

 

穴にポコポコと入れて水に浮かべ、虫除けに不織布をかけて数週間。

 

ぐんぐんと育ってきました!

↓クレソン

 

↓レタス

 

出荷のためパネルごと持ち上げる。

緑のわしゃわしゃ!

 

色が褪せたものや根を取り除き、袋に小分けして箱に入れて出荷!

いってらっしゃい!

 

広葉樹がこの時期美しい山からの谷水で育ったクレソンとレタス。

食べれば食べるほど自分もきれいに健康になり、

それが耕作放棄地対策に繋がるなんていいことづくめ!

 

サラダにはもちろん、この時期にはクレソン鍋にしても。

生の方がクレソン独特の風味を感じられるし栄養をそのまま取り入れれるけれど、

独特な苦味が苦手な方は少し火を入れると食べやすい。

お鍋にすれば流れ出たビタミンCもスープごといただいてしまおう。

 

この時は豚肉と舞茸とフォーのクレソン鍋。

自宅用なのでヒゲ根も細い茎もそのまま。

他の材料に火が通ったら、最後にバッとクレソンを盛る。

クレソンがくたっとしすぎないうちに、フォーとお肉と舞茸と一緒に食べる。

クレソンはすぐになくなるからどんどん入れる。

中華ベースのスープで好みでレモンをキュッと絞ったり胡椒をぱらりとしたり。

このクレソン鍋をレタスに変えても美味しそう。

 

まずは出来ることから少しずつ。

誰かに負担がかかるのではなく

自分も含めみんなが喜ぶ方法で問題を解決していきたい。

 

2019.07.08ミツバチ

今年もトマトの着果を促す為にミツバチを導入しました。

 

トマトの着果に促進剤という薬を使う方もいるけれど、

余計な薬は使いたくないし、

トマトの樹の自然なタイミングで実をつけて欲しい。

 

自然界の生態系で成されているように、

蜂が花に掴まり振動して花粉を集め、

この振動によって受粉しトマトの実ができる。

 

天井だけをビニールで覆った雨よけ程度のハウスなので、

蜂が逃げていかないようにネットで前後妻面、側面を覆う。

これで向かい入れる準備はオッケー。

 

宅配便で届いた蜂箱。

日除けを作り、集められた花粉を目当てに蟻が来ないように、少し浮かせる。

 

 

扉を開けるとぶぅぅんという低い振動音が聴こえて、まずは偵察隊の一匹が出てくる。

そして入り口の方に向いて、

「おーい、出てきても大丈夫だそ」という合図を出すかのごときパドリング。

すると我先にとどんどんと蜂がぶんぶんとハウス内に散らばっていく。

 

でもすぐには花に向かわない。

天井の方や入り口のネット辺りでぶんぶんとしている。

 

蜂はとても賢い。

きっと

自分の巣と飛び回れる範囲と方角を

まずは確認しているのではないかな。

 

少し経つと落ち着いていよいよ働き始める。

 

花に掴まってぶんぶん震えては、隣の花に移っていく。

花粉がまだ出ていない花は素通りしていく。

そして脚の付け根辺りに花粉団子をパンパンにくっ付けて巣へ帰っていく。

 

調べると驚き、働き蜂は全てメス。

オスは巣で待っているだけ。

外で働いてきたメスから花粉を受け取るだけ。

オスの仕事は子孫を残すための女王蜂との交尾行動のみ。

交尾を終えたオス蜂は用済みとなって巣を追い出される・・・

花粉や蜜を自分で集められないオス蜂はそのまま死んでいく・・・

 

子どもを産むのは女王蜂一匹だけ。

それ以外のメス蜂は、

女王蜂と子どもたち(女王の子どもであって自分の子ではない)と

働かないオス蜂の為にせっせと花粉や蜜を集め、

子どもの世話や巣の管理までする。

そもそも巣を作るのもメス蜂が行う。

 

ワタシって何の為に働いてるんだろう・・・

オレの一生って・・・

とか蜂たちが思わずにただひたすらに。

個の幸せよりも族の繁栄。

切ないけれど、その生態のお陰で植物が育っている。

 

 

しかし、

そんな健気に映る蜂にも、人間臭い面がある。

 

蜂には巣箱からの行動範囲が限られているため

巣箱一箱で蜂をハウス全体を行き渡らせられない。

なので、定期的に巣箱を置く場所を変えている。

 

この巣箱は出入り口を操作できて、

夕方蜂が収集から帰ってきた後、外に出られないようにしておくことができる。

そうして巣箱に蜂を回収した翌朝、違うハウスに移動させる。

 

しかし時々、

移動して巣箱がないにもかかわらず、

前日まで巣箱があったあたりを数匹の蜂が彷徨っている姿を見ることがある。

 

これはちゃんと夕方巣箱に帰らず朝帰りした蜂たち。

夜遊びしている間に家がなくなっている、という悲劇。

あれ?家がない!とウロウロ。

どうやら働き蜂の中にもサボる蜂がある程度いるらしい。

葉の裏にじっとしていて、仕事してきました〜としれっと巣に帰る蜂もいる。

 

ただひたすらに生きている蜂にも、個性というものがあるらしい。

 

 

あともう一点大切な事。

私たちがトマトの着果にミツバチを導入するにあたり、

ハウスの周りをネットで覆うのは周りの生態系を壊さないため、だとしてきた。

ハウス周りには元々そこにいるミツバチがいる。

私たちが導入したのも日本のミツバチだけど、

自然の生態系によそ者が混ざらないようにハウス内で一生を終えるようにさせる必要がある。

 

それが主な理由だけど、それだけではなかった。

他の花の魅力の虜になってしまうのを防ぐ為だ。

 

ハウス周りには色々な草花が生えている。

特に、シロツメクサがいたるところに咲いている。

どこにでもあるこのシロツメクサ。

蜂にとってはとても甘くて魅惑の蜜を持っている。

 

対してトマトの花。

蜜はなく花粉がわずかにあるのみ。

 

どちらが蜂にとって魅力的に映るか。

カサカサの花粉か、甘〜い蜜か。

 

 

ずっとハウス内でわずかなトマトの花粉を集めてはみんなが待つ巣へ戻り、

「今日も少なくてごめんね」とか言いながら(勝手なイメージ)

せっせと甲斐甲斐しく働いていた働き蜂も、

何かの拍子にハウスの外に出てしまい、

シロツメクサの甘い蜜を舐めてしまったらどうなるか。

 

一度知ってしまったらもう引き返せない蜜の味。

その蜂はもうシロツメクサの虜。

 

外に出てしまった蜂を網で捕まえて中に入れると、

一応は巣には戻るけれど、もうトマトの花粉は集めなくなってしまうらしい。

シロツメクサの甘い蜜の前にトマトの花粉は霞んで見える、ということか。

 

シロツメクサの虜になった蜂が戻った巣箱内では、

きっとその蜂が他の蜂たちに

「このネットの向こうの世界に甘くて美味しい蜜があったわよ!

こんなカサカサした花粉じゃなくて!」とか吹聴するに違いない。

蜂は賢い。

情報交換だってしているに違いない。

 

トマトの花粉を集めるように育てられた蜂たち。

人間が勝手に操作したものは責任を持って最後まで。

シロツメクサの蜜の存在を知らせずに、

トマトの花粉に蜂の一生を全うしてもらおう。

 

ただ今大玉トマトは子どもの握りこぶしくらい。

ミニトマトは1段目が鈴なりになってきました。

蜂の働きもあり、

もう少しで収穫ができそうです。

 

2019.06.222019年仕事始め〜種まきから定植まで〜

 

マレーシアから帰ってきて、

気持ちを切り替えてお仕事始め。

 

ハウス内の土作りをしながら、まずは種まき。

平成31年4月1日。

次の新しい年号の発表の時を待ちながら一粒ずつ。

セルトレーの各部屋へポトリポトリと落としていく。

この子たちが実をつける頃は次の時代になっているのかぁ、

なんて思いながら。

 

温床マットで加温しながら、

乾燥にも気をつけて様子を見守ること数日。

 

ヒョロヒョロっと芽が出ているのを発見。

毎年のことだけど、あぁとりあえずよかったとホッとする。

 

まだひよっこの芽たち。

日を追うごとにピンっと両手を広げ、

太陽の光を全身に浴びようとしている。

 

いつの間にか本葉も生えて、

小部屋では収まらないくらいにギュンギュンに。

 

ギュンギュンのままだと、

太陽の光を求めて隣の本葉よりも上へ上へと伸びようとして、

細くびよ〜んと徒長した苗になってしまう。

作りたいのは逞しいどっしりとした苗。

なのでここで独立したポットへ移し替える仮植をする。

はぁ〜広々〜という声が聞こえる気がする。

 

このポットで定植までに根をしっかりとはらせるようにする。

 

 

この季節、

周りの山々が芽吹いてきて、その緑が美しい。

まだ小さな苗を見ながら、時折上を見ては目と心に栄養を。

 

 

仮植から数日後。

葉の色が濃くなり、中心部分が鮮やかな黄緑色。

根が動いて張り出している証拠。

ちゃんと教えてくれている。

 

毎日水を定量ずつチョロチョロと。

多すぎず少なすぎず。

その日の天候に合わせて与えていく。

大きくなぁれ、大きくなぁれ。

 

 

しかし、

このポットでも葉がお隣さんとぶつかるようになってきて、

大体本葉が4枚ほどになった頃。

なんと、

子葉を残して本葉を全部摘んでしまいます。

 

せっかくフサフサになっていたのに、

棒切れのようなかわいそうな姿に。

 

ヤケを起こしたわけでもなく。

これにはちゃんと訳がある。

この摘み取り作業から数日後、

茎の脇から出ていた小さな脇芽が大きくなってきた。

 

通常の一つの根に一つの頭の真っ直ぐな苗ではなく、

根は一つで頭が二つの苗の出来上がり。

一つの苗で2倍の収穫が望めます。

植える本数は半分で済む、という理屈。

 

この二股の苗にする理由は、

支出、労働時間を軽減するため。

二股にするということは、

まくタネの数、ポットの数、ポット土、ポット土の肥料も半分で良い。

よってこれらの費用が半分で済む。

もちろん、

途中で葉を全部取ってしまう作業を要するけれど、

その手間と時間を差し引いても、

タネをまく時間、仮植する時間、水やりの時間、定植の時間などなど、

各作業にかかる時間が半分までとはいかなくともかなり短縮できる。

夫婦二人の小さな農園ならではの工夫。

 

6月1日、2日。

種まきから2ヶ月。

全ての苗を定植しました。

今年もお友達家族がお手伝いに来てくれて、最初に少しレクチャーを。

 

千尋よりも少し年上のお姉さんもお母さんと一緒にお手伝い。

 

千尋と一緒に「ダンゴムシがいるよ〜」「ここにもいるよ!」と遊んでくれて微笑ましい。

 

2股の苗なので、こんな風に支柱と支柱の間に植えて両側を固定。

 

普段はマンション暮らしで自然の中で遊ぶ機会が少ない、というご家族。

短時間だけでも大人はリフレッシュと農体験、

子供にも自然に触れさせる経験を与えられて喜んでもらえてよかった。

 

こちらも大助かり!

これまで、

苗を管理しながら土作り、ハウスの天井ビニール張り、畝立てや支柱立て・・・

定植に間にあわせるまでに怒涛の日々だったけれど。

スタート地点に立てられてホッ。

 

 

定植から2週間後のトマトの樹。

小さな実がつき始めました。

収穫は7月中旬頃からかな〜

 

2019.05.04マレーシア 旅行記④〜アズマンさん家族へ会いに行く〜

マレーシア 旅行記続き

 

社員旅行をマレーシアに決めたもう一つの理由は、

アズマンさん家族が住んでいて会いに行くため。

アズマンさんは夫がサラリーマン時代の元同僚。

大学の頃に日本に留学してそのまま日本で就職して夫と知り合い、

彼が帰国したり夫が脱サラして農家になって路が分かれても

細々と連絡を取り途切れなかった縁。

今は故郷のクアラルンプールで家族と住んでいる。

 

事前に連絡をすると、アズマンさんは家に招いてくれた。

夫にとっては10年ぶりの再会。

私はマレーシアの家庭を垣間見ることができるのが楽しみ。

そして図々しくも奥様に家庭料理も教えて欲しいと頼んでおいた。

お店でお料理を食べるのも好きだけど、

一般家庭の料理というのに興味がある。

 

いよいよクアラルンプールの郊外のアズマンさんのご自宅へ。

優しい聡明な奥様と3人の子供たちと家族の一員のようなお手伝いさん。

ちょうどお昼ご飯の時間に招いてくれたので、早速テーブルへ。

 

「soto(ソト)」というマレーシアの郷土料理だそう。

白い四角いのが日本のお餅のやわ〜い感じのもの。

クトゥ・パットといい、

本当は編んだヤシの葉でもち米を包んで蒸すらしいのだけど、

今は袋に小分けされたもち米をレンジでチンっとするだけで出来るものが売られているそう。

 

そのクトゥパットやビーフンと、

ポテトコロッケみたいなものや野菜やピーナッツを銘々皿に取り、

上からチキンスープを好きなだけかけて食べる。

お好みで自家製の辛い調味料をかける。

このチキンスープがかなり美味しい。

あっさりなのに出汁がよく効いていてどんどんいける。

千尋も「スープ、スープ」とバクバク食べる。

 

このチキンスープの作り方を聞いたら、

キッチンへ連れて行ってくれ教えてくれた。

ハーブを色々と使うみたいだけど、何とか日本でも出来そう!

 

食後にあまーーーーいお菓子。

ココナッツ風味と黒蜜が入ったお菓子。

 

夕方は庶民が行く市場へ。

中心地の市場はやはり観光向けになっていて、

楽しみつつもどこか興ざめしてしまうこともある。

アズマンさんにこの場所で週に一回開かれるという、

現地の方達が普段行く市場へ連れて行ってもらいワクワク。

 

量り売りの野菜たち。

 

お、トマト。ヘタは全部取って売られている。

 

トロピカルな果物達。

 

茶色の小さな丸い果物は「猫の目」という意味の名前。

ライチのように中に大きなタネがあり、味もライチに似ている。

 

マンゴー!安くて味が濃くて美味しい。

 

フルーツジュース屋さん。

この白いジュースが初めての味で甘さが程よくて美味しかったー!

「オランダドリアン」というらしいけれど、あのドリアンとは別物らしい。臭くなかったし。

 

魚のすり身のお店。

辛味ソースと絡めてあって、

日本でも食べたことあるような、でもソースが独特でくせになる。

 

サテのお店。

味付けがしてあってパクパク食べられる。

 

他にもスパイス屋さんやおもちゃ屋さんや服屋さんも。

でもどれも地元の方が利用している感じで、生活感があって面白かった!

日本人なんていないけれど、

お店の人と目が合うと手を振ってくれたり、

カメラを向けるとポーズを取ってくれたり。

楽しかったー!

 

アズマンさんの自宅へまた帰り、夕食にフィッシュカレーを教えてもう。

奥様もバリバリに働いているので家事は主お手伝いさん。

インドネシアから来たけれど、

もう何十年とマレーシアに住んでいるからマレーシア料理はお手の物。

そのお手伝いさんが作るのを奥様と一緒に教わる感じに。

フィッシュカレーにはトマトも使う!

「あなたのトマトを使ったらもっと美味しくなるかしら」

と可愛らしいことも言ってくれる。

 

魚はどんなのでもいいらしいけれど、オクラとトマトは絶対に入れるみたい。

ココナツミルクを使い、スープカレーに近いサラサラ系のカレー。

 

それをご飯にかけて食べる。

あっさりの中でもコクがあり、魚の臭みもなくて美味しい。

辛くないから千尋でも食べられる。

臭くならないコツ、スパイスや野菜を入れる順番も教わったから

日本でも作りたいーーー!!

 

アズマン家には子供が3人で10歳女の子、6歳男の子、6ヶ月男の子。

上の二人と千尋は最初は相いれずそれぞれに遊んでいたれど、

放っておいて大人同士話している間にいつの間にか一緒にゴロゴロしている。

上の子はマレー語と少し英語、6歳の子はマレー語、千尋は片言の日本語。

それぞれの言葉で通じない相手に話しているのに、

それでも何となく通じ合っていて

一緒にボールで遊んだり自転車に乗ったり滑り台したり。

子供ってすごいなぁ。

 

 

上の子は「千尋とお話ししたいなぁ」なんて素敵なことを言ってくれた。

千尋が大きくなってマレーシアに行ったことを忘れてしまっても

日本から遠く離れた国で、

自分と話したいと思ってくれている存在がいるということを教えてあげたいなぁ。

 

美味しくて安全で、でも文化が違ってとっても刺激を受けたマレーシア。

今回行けなかった所にもまた訪れたいな。

千尋にまたアズマンさんの子供達と会わせたいな。

バイバイ、マレーシア!